四国八十八ヶ所お遍路の旅。【55番札所】別宮山 金剛院 南光坊(べっくさん こんごういん なんこうぼう)

2023年12月3日

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南光坊は今治市の中心街にあり、八十八ヶ所の札所のなかで唯一、「坊」がつく名前のお寺です。本尊も大通智勝如来(だいつうちしょうにょらい)という珍しいものです。

南光坊

本尊:大通智勝如来

本尊真言:なむ だいつうちしょう ぶつ

宗派:真言宗醍醐派

ご詠歌

このところ 三島に夢の さめぬれば 別宮(べつぐう)とても 同じ垂迹(すいじゃく)

「三島」と「見し間」がかけられています。山号「別宮山(べっくさん)」の”別宮”は、本宮とは別に建てられているという意味を表しています。本宮は大三島にある大山衹(おおやまづみ)神社です。「垂迹」は仏が仮の姿で現れること。

「大三島にて見た夢が覚めたというわけではないが、ここ南光坊は別宮といっても、三島の本宮と同じ仏さまがこの世に姿を変えられてあらわれた所です。」と詠まれています。

場所

公式サイト:なし

宿坊:なし

電話:0898-22-2916

〒794-0026 愛媛県今治市別宮町3丁目1番地

無料駐車場があります。

今治インターチェンジから国道196号線をを進み、片山交差点を左折して今治市街方面に進みます。今治大丸の前を左折後、約500m先の左手にあります。JR今治駅からは歩いて10分ほど。

御朱印

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歴史

正式名称は「光明寺 金剛院 南光坊」。起源は古く航海の神を祀る伊予国一の宮の大山祇(おおやまづみ)神社と深く関わるお寺です。

縁起によると、大宝3年(703)「伊予水軍の祖」といわれた伊予国司・越智玉澄が文武天皇の勅命を受けて大三島に大山祇神社を建てた際に、二十四坊の別宮のうち八坊をこの地に建立したことが創始と言われています。

708年(和銅元年)には行基が二十四坊のうち八坊を「日本総鎮守三島の御前」と称して奉祭しました。その後、弘法大師がこの別当寺で法楽をあげて修法して四国霊場に定めました。

天正の兵火で全てが焼失しましたが、南光坊のみが別当寺として再興されます。江戸時代には藤堂高虎や松山藩主の久松松平家からも尊崇され、高虎は祈願所として薬師堂を再建したといいます。

明治維新の神仏分離令では南光坊には檀家がなかったため廃寺になりそうになりましたが、なんとか免れています。

大師堂は金比羅堂とともに第二次世界大戦の戦火を免れました。他の本堂は昭和56年、薬師堂は平成3年、山門は平成10年に再建されました。

見どころ

山門には四方を守る、持国天(東方)・増長天(南方)・広目天(西方)・多聞天(北方)の四天王像が安置されています。

【金比羅堂】1861~1864年(文久年間)に建立されており、南光坊で一番古い。

船人から崇敬される讃岐の金刀比羅宮(ことひらぐう)から勧請している金比羅大権現を祀っているお堂です。

次の56番札所「泰山寺」まで約4㎞(車で約15分)です!

愛媛県

Posted by いけち