四国八十八ヶ所お遍路の旅。【52番札所】瀧雲山 護持院 太山寺(りゅううんざん ごじいん たいさんじ)
太山寺は1400年以上の歴史を有し、聖徳太子ともゆかりのあるお寺です。法隆寺の夢殿と同じように作った聖徳太子像が建っており学業成就にご利益があるとされていて、しゃもじを奉納するのが習わしになっています。
太山寺
本尊:十一面観世音菩薩
本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか
宗派:真言宗智山派
ご詠歌
太山(たいさん)へ のぼれば汗の いでけれど 後(のち)の世思へば 何(なに)の苦もなし
「大きい山という名を持つ太山寺に登ると汗が出るけれど、後世の楽しみを思えば何の苦もないことです。」と詠まれています。
場所
公式サイト:なし
宿坊:なし
電話:089-978-0329
〒799-2662 愛媛県松山市太山寺町1730
無料駐車場があります。
松山インターチェンジから国道33号線を松山市街方面へ向かい、南環状線・国道196号線を進んで内宮交差点で左折して直進するとあります。
御朱印
画像がアップされるまで少々お待ちください。
歴史
太山寺の御堂は真野長者が一夜にして建てたと伝わります。
真野長者(まののちょうじゃ)は豊後(大分県)でふいごの炭ふきをしていましたが、神のお告げで久我大臣の娘の玉津姫と結婚しました。運よく富豪となったのです。
587年(用明2年)に商いをするために船で大阪に向かう途中、大暴風雨に遭い観音様に必死で無事を祈願したところ、高浜の岸で救われました。
この恩恵に寺を建てようと故郷の豊後から高浜に工匠と、間口66尺、奥行き81尺の本堂を建てる木組みを整えて船積みして運び込みました。夜を徹して本堂を立ち上げたといいます。以来「一夜建立の御堂」と伝えられています。
739年(天平11年)に聖武天皇の勅願を受けて、行基が6尺の十一面観音像を彫像し、その胎内に真野長者が瀧雲山で見つけたとされる小さな観音像を納めて本尊にしました。
太山寺は、聖武、孝謙、後冷泉など歴代天皇からも庇護をうけ、後冷泉、後三条、堀河、鳥羽、崇徳、近衛の6代にわたる各天皇が、十一面観音像を奉納されています。いずれの像も高さが150㎝前後で、本尊の十一面観音像とともに国の重要文化財であり、本堂内陣の厨子に安置されています。
弘法大師は晩年の天長年間(824~834)に訪れ、護摩供の修法をして法相宗から真言宗に改宗しました。
見どころ
【仁王門】本堂と同じく鎌倉時代に再建されたもので、3間8脚門、入母屋造り本瓦葺き。国の重要文化財です。
【本堂】1305年(嘉元3年)、松山城主の河野家より寄進されました。桁行7間、梁間9間の入母屋造り本瓦葺き。内陣が土壇なのは当時として珍しい。
国宝にも指定されている本堂は鎌倉時代に再建されており、八十八ヶ所の中でも特に古い木造建築です。
長者の建立から三度目ですが、真言密教では最大規模を誇っています。
【最古の木製納札】1780年(安永9年)
次の53番札所「円明寺」まで約2㎞(車で約10分)です!