四国八十八ヶ所お遍路の旅。【57番札所】府頭山 無量寿院 栄福寺(ふとうさん むりょうじゅいん えいふくじ)
栄福寺は海難事故が絶えないこの地で、弘法大師が海神供養を修したことから、海陸安全、福寿増長の祈願寺として古くから信仰されています。
永福寺
本尊:阿弥陀如来
本尊真言:おん あみりた ていせいから うん
宗派:高野山真言宗
ご詠歌
この世には 弓矢を守る 八幡(やはた)なり 来世は人を 救う弥陀仏
永福寺は江戸時代までは石清水八幡宮でした。神仏分離により石清水八幡宮の別当寺として永福寺と呼ぶようになりました。「この世」と「来世」、「弓矢を守る」と「人を救う」、「八幡」と「弥陀仏」。上の句と下の句を対照にして構成されています。「八幡」は武士の守り神です。
「この寺は現世においては弓矢を守る八幡宮でした。今は来世において人を救う阿弥陀如来がいらっしゃいます。」と詠まれています。
場所
公式サイト:http://www.eifukuji.jp/
宿坊:なし
電話:0898-55-2432
〒794-0114 愛媛県今治市玉川町八幡甲200
駐車場があります。
今治インターチェンジから国道196号線・317号線を経由して玉川町方面へ。
御朱印
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歴史
九世紀初頭に嵯峨天皇の勅願により、弘法大師がこの地を巡教しました。瀬戸内海沿岸のこの近海では海難事故が絶えず、弘法大師は府頭山で風波海難の平穏を祈願、護摩供養を行いました。満願の日には海は穏やかになり、まばゆい光とともに海中からあらわれた阿弥陀如来を本尊として、堂宇を建立したのが起源と言われています。
859年(貞観元年)には大和・大安寺の行教(ぎょうきょう)上人が八幡大菩薩を勧請し、境内に神仏習合の勝岡八幡宮を創建しました。この八幡宮は「伊予の石清水八幡宮」と呼ばれています。
明治初期の神仏分離令によってそれぞれ寺と神社に分離し、栄福寺は山の中腹の現在の地に移転されました。一時は無住の寺となりましたが、近隣の人々の支えもありなんとか持ちこたえて現在に至ります。
見どころ
大師堂外陣の柱には十二支が彫られています。本堂にも一寸法師などが彫られており、細かい部分まで見る楽しみがあります。
【少年の箱車】足の不自由な少年が昭和8年にこの地で足が治ったとして、松場杖と一緒に奉納されたといわれています。連れていた犬に引っ張られ転倒した際に、歩けるようになったそうです。
【お願い地蔵】は山道入口にたっており、赤い帽子をかぶっています。
次の58番札所「仙遊寺」まで約4㎞(車で約20分)です!